@39時代の8万ヒットリクエスト。
九鶏さんからのリクエストです。
リクエスト内容→『一護女体化で、誰かの斬魄刀の具象化した姿で幼馴染な話』
私も一度は書いてみたいと思っていたネタだったので、リクエストして頂いた時は、チャーンス!! と思っておりました。で、ダラダラと執筆作業ができなくなっていたらアニメの方で斬魄刀vs死神が始まってしまいかなり焦りました。アニメスタッフめ!!←
斬魄刀所有者のリクエストが『山本・剣八・京楽・藍染』 だったので、今回は剣八で。京楽も面白そうだなーと思いました。
九鶏さん、リクエストありがとう御座いました! こんなんですがどうぞお持ち帰り下さい。
※お持ち帰りはリクエストして下さった方に限ります※
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夢を見た。女の夢だ。
一角や弓親、ましてややちると出会う前のことだ。
変わった毛色をしていたが、初めて出会った時は柄にもなく野に咲く花か太陽のようだと思った。
自分とは正反対で、ころころと変わる表情が印象的だった。
互いに名前がなかったが、二人しかいなかったのだ。何の不便も感じなかった。
「この刀、あんたにやる。大事に使って」
「良いのかよ。お前の唯一の得物じゃねーか」
「あんたに持っててほしいんだ。きっと、あんたの力になる」
出会った時、華奢な身体に合わない随分長い刀身の刀を持っているとは思っていた。
その時のこの刀は、柄や鞘は少し汚れていたが、刀身は良く鍛え上げられてキラキラしていた。
初めて握った柄はまるで自分のために作られたのではないかと思うほど手にしっくりと馴染んだ。
一体どこでこんな刀を手に入れたのだろうか。
聞こうと思ったが、女がなんとも嬉しそうな顔で笑うから。
「あぁ、俺はこの刀を手放さない」
いつの間にか、女は姿を消していた。
何の違和感もなく、気付くといつも隣にいた姿はなく刀だけが残った。
辺りを探したが見つからなかった。だが、どこかで死んでしまったのではという不安は不思議となかった。
女が消え、やちると出会い、一角や弓親と出会い、死神になった。
その頃には、ずっと使い続けてきた刀の刀身は刃毀れだらけですっかりボロボロになってしまっていた。
「あっれー? 剣ちゃんってば珍し~」
遊びから帰って来たやちるが目にしたのは、縁側で斬魄刀の刀身に粉を叩く剣八の姿だった。
今まで使うだけ使って手入れなんて殆どしたことがなかったのに、一体どんな風の吹き回しだろうか。
やちるの声に一角と弓親が奥の部屋から、なんだなんだと顔を出す。
やちる同様、二人の部下も珍しそうに剣八の手元を見つめた。
「どうしたんです? 本当に珍しい」
「俺も手入れすっかなぁー」
「煩ぇな、一々集まって来るんじゃねぇ」
いつの間にか賑やかになった縁側に、平隊員が駆け寄って来る。
隊長、と呼ばれて剣八は顔を上げた。
「何だ」
「表に、隊長の客が見えてます」
「客だ?」
「えぇ……更木剣八はいるか、と」
「名前は名乗らなかったのか」
「はい。オレンジ頭の変な容姿をした奴で」
オレンジ頭。
剣八は斬魄刀を一角に押し付けると、飛び出すように隊舎の玄関へと走って行った。
やちるたちは例を見ない剣八の様子に唖然としながらも、慌てて剣八の後を追った。
玄関で腰かけながら待つオレンジ色の後ろ姿は、見覚えがあり過ぎる。
駆け寄る足音に気付いたのか、その来客はスッと立ち上がりゆっくりと振り返った。
「……よぉ」
「よっ! 久し振り」
久し振りに見た毛色も笑顔も、何の変わりもなかった。
「つまり、幼馴染ってことですよね」
客間なんて畏まった部屋が存在しないため、縁側へ通された。
プラプラと放り出した足を揺らす様は一角や弓親よりも若く感じるほどで、とても剣八の幼馴染とは思えない。
年齢を聞いても不確かではあるが、剣八とそう変わらないらしい。
「幼いって言うほど幼くもなかったけど、まぁそうなるのかな」
「どんな出会いだったんです? そんな可愛い間柄の女性が隊長にいたなんて興味あるな」
「弓親テメェ、ぶっ殺すぞ」
久し振りに会った幼馴染がいるせいか、いつもより剣八が大人しい気がする。
こんなチャンスは滅多にないとばかりに、弓親はなかなか食い下がらない。
そんなやり取りに女は「ははっ」と声を上げて笑った。
「あの頃は名前なんてなかったけど……剣八か、良いな」
「お前はどうなんだ? 名乗ってる名前あんのかよ」
「……あー、うんまぁ……一応」
はっきりしない言い方は少し気になったが、呼べる名があるのは良いことだ。
「教えとけ。こんだけ人がいるんだ、これからは不便になる」
「そだな……一つのものを護れるように、一護って」
「一護か」
一護は不安そうに剣八を見上げる。
その視線を感じた剣八は、一護のオレンジの髪をクシャリと大きな手で搔き撫ぜた。
「悪くない」
剣八と一護はニッと笑い合った。
静かな時間である。
剣八は隊主会に出てしまい、一角と弓親は仕事で他隊へ行ってしまった。
剣八に「待ってろ」と言われたが、一人では特にすることがなく、一護は「じゃ、その斬魄刀貸して」と申し出た。
理由は特に聞かず、剣八は腰から斬魄刀を抜き一護へと手渡した。そして「俺が戻るまで大人しくしてろ、絶対だ」と言い残し隊舎を後にした。
一護は鞘から刀身を抜き、銀色の刃を太陽の光に当てる。
刃毀ればかりで、不特定の個所から光が漏れている。
「……ボロボロだ」
柄の巻き布もほつれ、鞘も傷だらけ。
剣八の前からこの姿を消してからどれくらいの年月が経ったのか、長過ぎてよく分からないが、幾戦もの死闘を潜り抜けて来た。それにしたってもう少し大事にしてくれても良いじゃないかと、思わず愚痴が零れそうになった。
「大事に使ってって言ったのに」
「本当だよね。あたしも時々は言ってるんだよ?」
やちるが庭の塀を飛び越えて、くるくると宙返りをしながら降り立った。
「やちる」
「剣ちゃんってば本当に力任せなんだから」
「……本当にな。その力を受けるこっちの身にもなってほしいぜ」
やちるはストンと一護の隣に座った。
隣の一護を見上げて、また前に視線を戻す。
「あたしね、いっちーに初めて会った気しないの。今までずっと一緒にいた気がする」
「そう?」
「うん。つるりんたちと会う前はね、剣ちゃんとあたしと、それからもう一人」
「そう」
「今日ね、いっちー見た時、あって思ったんだ」
刀身を鞘に戻し、すぐ横に置くと一護はやちるを抱き上げて自分の膝の上に座らせた。
子ども特有の細く柔らかい髪を撫で、やちるは気持ち良さそうに目を閉じる。
「あいつもこれくらい、鋭いとまではいかなくても……空気読んでくれればな」
「いっちーは、こんなにボロボロで痛くないの?」
「平気だよ。治そうと思えばいつだって治せるし、本当の名前だって、伝えようと思えば」
「どうしてそうしないの? 剣ちゃん、いっちーのことずっと呼んでるんだよ?」
「やちるは優しいな」
そんな、剣八や一護よりもつらそうな顔をして。
一護の着物の袖をギュッと握って訴えられると、決意が緩んでしまいそうになる。
でも、これは、これだけは。
「俺の全ては、最初にこの刀を渡した時から剣八のものだよ。だけど、これだけは唯一の俺の意地だから」
再生も、名を伝えることも、剣八がもっともっと自分を必要になしてくれるようになってからで十分だ。
それまでは、甘い顔を見せてやらない。
その代り、どんな戦いにも扱いにも耐えてみせるつもりだ。
「いっちーは強いね」
「ああいう奴を主人に選んじまったからな」
クスクスと笑い合っていると、少し離れた所からドォーン!! と爆発音が響いた。
一護とやちるは慌てて立ち上がると、立ち上る黒煙を見た。
「何だ!?」
「行ってみよう、いっちー!」
斬魄刀を手に現場へと向かう。
一護たちが辿り着いた時には、黒山の人だかりができていて、その最奥では巨大な何かが蠢いていた。
煙が立ち込め、その姿ははっきりとは確認できないが、煙の中で幾人かの悲鳴が聞こえた。周りの死神の話を伺う限りでは、十二番隊で生け捕りにしていた巨大虚が脱走して暴れまわっているらしい。
そこへ、隊主会から戻って来た剣八が一護たちのもとへやって来た。
「一護、やちる!」
「剣八」
「大人しく待ってろって言ったろうが」
「そんなこと言ってる場合じゃないと思うけど」
一護は持って来た斬魄刀を剣八に押し付け前へ出た。
「危ねーぞ一護っ」
「早く抜けって! 思い切り霊圧込めろよ」
「何言ってんだお前!」
「早くしろ!!」
一護の言っていることを剣八は理解ができなかったが、これだけ言っているのだから何かがあるのだろう。
剣八は鞘から刀身を抜くと、一気に霊圧を上げる。
巨大で黄色く映る剣八の霊圧は斬魄刀にもまとい、そして一護の身体をも覆った。
「いち、」
「本当に、痛ぇったらねーよ。お前の霊圧は」
髑髏の姿を模した巨大な剣八の霊圧を背負い、一護は暴れ狂う虚へと飛び込んだ。
綺麗に真っ二つに斬られた虚の巨体は、剣八の霊圧によって切り口が焦げていた。
何食わぬ顔で戻って来た一護を、剣八はじっと見詰めた。
「お前、」
「……名前は教えないからな!」
一護は剣八に背を向け地面を見た。
表情を見られないようにするためか分からないが、小さな肩が少し震えているのが分かった。
「それとも、もう要らなくなった?」
「……んなわけねーだろ」
「こんなボロボロで頑固な奴、面倒だろ。剣八が要らないって言うなら俺は」
「要らないわけねーだろ」
肩を掴まれ、ぐるんと引っ張られた。
硬い腹筋に頬を押し付けられ、頭を固定されて動かない。
「何で今まで言わなかったんだ。ずっといなくなったと思ってた……ずっと、傍にいたんじゃねーかよ」
「そうだよ、ずっといた。ずっと一緒に戦って来た」
「何だそれ……格好ワリィ。お前こそ、名前や存在すら気付かなかった俺が嫌になんねーのかよ」
「なんねーよ」
なるわけない。
なるわけないよ。
「だって、俺が選んだんだから。最高の男に決まってる」
「後悔しても遅ぇからな」
「そっちだって、捨てときゃ良かったって思っても遅いからな。俺が消える時は、お前が消える時だよ……だから、お願いだから、きっと……俺の声に気付いて、聞いてて。俺はずっと叫んでるから!」
スッと薄くなっていく一護の身体に、思わず剣八は目を見開いた。
行くな消えるな、と言うには存在は近くにあるのだから、なんと言ったら良いか分からない。
「何で、何でまた俺の前に姿を現した」
今まで、愛想を尽かしていたわけでもないのに姿を現してはくれなかった。
にも関わらず、今こうして具現化してまで自分を主張してきたのはなぜなのか。
具現化された身体がもう見えなくなりつつある状態で、一護はにこりと笑った。
「手入れしてくれたのが、嬉しかったんだ」
「まさかあの一護が斬魄刀の本体だったとは」
「相当隊長に惚れ込んでるってことだね」
「一つのものを護れるように……か、」
「仮の名前とは言え、なかなか妬ける話じゃない」
トントンと刀身に粉を叩く剣八の後ろで、一角と弓親はその背中を見ていた。
やちるは剣八の隣で、鞘を手拭いで拭いていた。
一護の姿が消えてから、相変わらず刀からは何の声も聞こえては来なかった。この奥で一護が何かを叫んでいるのかと思うと心に痛いものがあったが、刃毀れが以前より回復しているような気だけはしていた。
「ねぇ剣ちゃん、いっちー何か言ってる?」
「……さぁな」
いつか、きっと。
END