都市伝説ってどんなもんかよく分からないまま書いたら酷いことになった。
恋次が可哀想。
――――――
この護廷十三隊にも、現世と同じようにいくつかの都市伝説が存在するらしい。
それは霊術院生の間で噂されるような有名なものもあれば、知る人ぞ知る極一部で交わされているものと種類は様々。
十一番隊隊長の更木剣八と目が合うだけで魂が抜かれる、とか。
十二番隊隊長の涅マユリは繰り抜いた目玉で瀞霊廷内全てをいつも見ている、とか。
嘘とも言い切れない微妙な噂話を、本人たちを見たことすらない霊術院生たちの間で憧れと尊敬と、若干の恐怖心を持って語り継がれているのであった。
その中の一つに、とある副隊長の都市伝説が噂されていたことを、最近になって一護は知ったのである。
「新人女性死神の処女は全て檜佐木修兵に奪われる……って、マジ?」
「ブッ!!」
真剣な顔して何を聞いて来るんだと思いきや。
恋次は飲んでいたお茶を思い切り噴き出した。
仕事の合間に鍛錬しようと裏山にやって来た恋次と一護。休憩に手拭いで汗を拭い、水筒のお茶を飲んでいたのだが。
思い出したかのようにサラリと聞かれた疑問が何と不名誉なことだろう。
恋次はゲホゲホと咽ながら信じられないという表情で一護を見た。
「な、何言ってんだ突然」
「んー、都市伝説って言うの? 後輩の女の子たちが話してるのを聞いたんだ」
「都市伝説って」
それは都市伝説じゃなくて只の汚名じゃないだろうか、と恋次は思った。
檜佐木修兵という男は基本的にはすごく頼り甲斐のある、恋次からしてみれば先輩としても友人としても尊敬に値する男と言える。
だが、そんな彼も評判の良い話と共に陰でこういった不名誉極まりない噂まで飛び交っているのは、彼の好き嫌いの激しさと顔面に刻まれた勘違い度120%の刺青が原因ではないだろうか。
基本的に心も器も広い修兵だが、一度無理と思った相手には男女問わずとことん厳しい。
運悪く修兵に嫌われてしまった心ない輩が変な噂を流し、その噂に輪をかけたのがあの刺青であろう。『69』なんて見方によっては卑猥以外の何ものでもない数字を顔面に堂々と入れてしまっている辺り、文字通り相当のヤリ手として見られてしまっているらしい。
こんな噂、本人の耳には入ってしまっているのだろうかと、死神通信の印刷に勤しむ彼を思い浮かべた。
確か今日が締め切りだと昨日の夜から走り回っていたはずだ。
「一応弁解しとくけどなぁ」
恋次はお茶でダラダラになった口元を手拭いで乱暴に拭った。
「先輩はそんな男じゃねえって、お前だって知ってんだろ。そりゃ多少は女関係にだらしないとこもあるかもしんねーけど、そんなのが伝説になって良いはずがねえ!」
「お前、フォローする気あんのか?」
確かに修兵はそんなくだらない噂の的になるような安い男じゃない。
だが残念ながら、一護はその多少女関係にだらしないところがあるかもしれない修兵の思われ人だ。事あるごとに頭だ背中だ、腰だ尻だ胸だを触って来ようとする過度なスキンシップを図る修兵を一護はフォローし切れない思いでいる。
自分みたいなのではなく、スタイルが良くて美人な人を選んでいればまだ庇いのし甲斐もあるのだが。
「俺みたいなのにちょっかい出すから手当たり次第みたいに思われるんだ」
「……それも違う」
「え? なに?」
「……何でもねえっ!!」
お前はうんと可愛いし、綺麗じゃないか。
そう思うのに言えないところが悲しきかな、恋次の悪い習性である。
「ま、無能って思われてるよりかはまだ良いんじゃねえの?」
やや投げやり気味な言い方に一護は首を傾げるが、恋次は斬魄刀片手に立ち上がると、山の林へ行ってしまった。
本当にフォローする気があるんだか、ないんだか。
一護も斬魄刀を持つと、慌ててその後を追った。
「昨日阿散井と二人で裏山行ってたらしいな」
翌日、無事に締め切りと新刊発行を終えた修兵は晴れやかな笑顔で一護を散歩に誘った。
河原にまで来ると、修兵は缶詰め状態で固まった身体を思い切り伸ばした。
「うん、鍛錬しに」
「そうか……俺も誘えよ」
「いやいや、無理でしょ」
不貞腐れたような言い方に一護は思わず笑いながら手を振った。
昨日誘って行けないことくらい、修兵が一番分かっているくせに。仕事を放ってそんな無責任なこと、一番できないくせに。
一護の返答に益々不貞腐れた修兵はガバッと一護に抱き付いた。
「わっ、何すんだ! 放せっ」
「充電させろ! ったく、俺がいんのに阿散井なんかと二人きりになりやがって」
「コラッ!!」
「いって」
胸にぐいぐいと頭を押し付けて来て一護は容赦なく頭を叩いた。
痛がっても尚離れようとしない様子を見ると、相当疲れているのか、はたまたそんなに嫌だったのか。
一護は昨日裏山でしていた恋次との会話を思い出した。
いくら女関係にだらしなくたって、そんな私情は仕事に絶対持ち込まない。基本的に修兵は真面目なのだ。そんな彼にそんな都市伝説なんて、確かにこんな不名誉なことはない。
もし自分が修兵に全てを捧げたら。生涯の一人になったのなら、そんなくだらない噂話はなくなるのだろうか。
「ううー、一護ぉ」
「はいはい」
「処女よこせコノヤロー」
あり得ない。さっきの思考はなかったことにしよう。
例えばこの場で「はい、どうぞ」なんて言ってしまった日には、外だろうが場所も弁えずに襲いかかって来そうだから恐ろしい。
守るべきは修兵の名誉よりもまず己の身である。
「もう退いて」
「嫌だね、もうちょっとこうさせろ」
「寝たの? 一昨日は徹夜だったじゃん、ちゃんと寝ないと死んじゃうぞ」
「安心しろ、死ぬならお前の腹の上でって決めてるから」
やっぱりあの都市伝説は自業自得の賜物なんじゃないだろうか。
やめだやめだ。もうこんな奴の名誉なんかどうでも良い。汚名だろうが勝手に被って伝説になるが良い。
一護は今度こそ修兵の肩を思い切り掴んで張り倒してやった。
END
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