剣一と女性死神協会。
女性陣は九番隊以上にスクープを求めている。
――――――
十三番隊に着任して、仕事にもだいぶ慣れて来た。
広い広い瀞霊廷内にも随分土地勘ができて書類を持って行くにも迷わなくなった。
支えてくれる仲間もできて、毎日の仕事はまだまだ覚えることは多かったが順調だった。
しかし、慣れて来たとは言えやはり新米。
知らないことはまだまだあった。
「……何だこれ」
書類を抱えて訪れた十一番隊の隊舎は、いつもと何かが違った。
何かが違う、の何かを順番に言い上げていくとするならば、まず一つに、いつもよりかなり静かなこと。
普段なら道場での稽古や喧嘩っ早い隊士たちの喧噪で、賑やかな音に溢れていたのだが、今日はそれがなく、秋風の吹く音の方が大きいくらいだった。
そしてもう一つ。
静まり返った道場の看板の上から、変なものが貼り付けられていた。
「女性死神、協会……会議室?」
何だそれ。何かで聞いたか読んだかしたことがある気がするが、全くその記憶を掘り起こすことができない。
いつから十一番隊の道場は会議室になったんだろう。
暫くの間、道場の前で唖然と立ち尽くしていると、背後から人の気配を感じて振り返った。
そこにいたのは紛れもなく、この道場の主であるはずの剣八だった。
「剣八、」
「何してんだ、んな所で突っ立って」
「あ、あぁ忘れてた……書類を届けに来たんだけど……」
歯切れの悪い一護に首を傾げる。
取りあえず、と一護は当初の目的をまた忘れてしまわない内に書類を剣八に手渡した。
こんなに溜めやがって、と舌打ちをされたがお前が言うなよと思った。
「で?」
「あー、うん。……あれ」
ゆっくりと指差す先に、剣八も視線を向けた。
普段は威厳のある字で十一番隊の鍛錬場であることを書き記されているのに、その上からセロハンテープで長い半紙が貼られている。
誰の字だかは知らないが、何とも適当な字で『女性死神協会会ギ室』と書かれていた。『議』くらい漢字で書け。
おまけに可愛らしいピンク色で縁取りされていて、ここは本当にあの十一番隊の道場なのかと確認したくなるほどだ。
そんな道場を前にして、剣八は何とも複雑そうな表情だ。
「何なんだよあれ」
「……あ? お前、知らないのかよ」
「うん、たぶん知らなかったと思うけど」
首を傾げる一護に、剣八は言葉少なく説明をした。剣八の話をまとめるとつまりこう言うことだろう。
女性死神協会は女性死神の地位向上のために結成された組織で、護廷十三隊の一隊の力に等しい権限を持つ。その活動内容はまさに女性による女性のためのものであり、研究活動は勿論のこと最近では商品開発にも積極的に力を入れているらしい。
構成メンバーは全てが女性であり、その組織を仕切っている会長が、
「やちるだ」
「へぇー、だから十一番隊の道場が会議室に」
「とは言っても、やちるが勝手にやってるだけで俺は詳しいことは知らねぇけどな」
「でも道場明け渡しちゃって、剣八も優しいとこあるじゃん」
「……一護、一つ言っておくがな」
剣八が何やら神妙な面持ちで言い掛けた時、道場の引き戸がスパァーンと音を立てて勢いよく開け放たれた。
「ちょっと誰ぇ? 盗み聞きなら容赦しな……って、更木隊長と一護じゃない!」
「剣ちゃんといっちーが何でここにいるのぉー?」
そこに立っていたのは会長のやちると理事の乱菊だった。
二人がやんやと騒ぎ立てるものだから、道場の奥からどんどん女性死神たちがやって来る。
そのメンバーの殆どが各隊の隊長、副隊長たちなものだから、平隊員の一護はどうすることもできず慌てて隠れるように剣八の後ろに身を引いた。
いつもは罵声を浴びせ合いながら喧嘩ばかりしている二人が、こんな所で何をしているのか。
周りが不思議そうな顔をする中、只一人やちるだけがパッと笑顔になった。
「あっ! もしかしてデートなの!?」
とんでもないことを叫ぶやちるに周りの目がギラリと光る。
瞬時に感じた霊圧とはまた違った悪寒に、一護は剣八の後ろで「ヒィッ!」と声を上げた。
「えぇ!? ちょっとやちる、どう言うこと!?」
「デートって一体何の話ですか!?」
「うふふ、いっちーは剣ちゃんのお嫁さんになってあたしのお母さんになってくれるんだよ!」
「ちょっ、やちるっ!!」
良いでしょーと踏ん反り返って嬉しそうに言うやちるだが、一護にしてみればとんだ爆弾魔だ。
剣八の後ろに隠れてるもんだから、一護にその気がなくともどんどん他の死神たちの一護を見る目が変わって行く。
副会長の七緒は実に悔しそうに拳を握って声を荒げた。
「会長っ! どうしてそう言うおもし、大切なことを仰って下さらないのですか!!」
絶対今面白そうって言おうとしたぞ、あの眼鏡。
何やら異様な熱が立ち込め始めた状況に、一護は不安のあまり剣八の羽織を引っ張った。その様子を見たメンバーがまた大騒ぎをする。
何て目敏い連中だ。
「おい、剣八っ」
「チッ、面倒臭ぇことしやがって」
「え、う、わぁっ」
剣八は米俵をそうするように、一護を肩に担ぎ上げた。
突然のことに慌てる一護に、剣八は一護が持って来た書類を再び一護に押し付ける。
「逃げるぞ」
「え」
「大事なもんならしっかり持っとけ。落としても俺は知らねぇぞ」
そして地面を蹴ったかと思ったら、塀を飛び越え隊舎からどんどん離れて行く。
遠くに聞こえる黄色い悲鳴に更なる悪寒を感じて、思わず持っている書類を握りしめた。
十一番隊の隊舎があんな状態で、剣八は当分隊舎に戻ることはできないだろう。したとしても、きっと協会メンバーに質問攻めにされるに違いない。
普段は恐れる相手であっても、こう言う時の女の力は脅威だ。
「どこ行く気だよ」
「知るか、取りあえずお前んとこの隊舎にいさせろ」
書類はあるのに他隊の隊舎では満足な仕事ができないだろうに。
伝令神機で弓親あたりに仕事用の印鑑を持って来させるか、この際手書きのサインでも良いだろう。
ちゃんと仕事をしてくれれば、どこにいようと問題ないはずだ。
只一つだけ、大きな問題を残しては。
「浮竹隊長と海燕さんに何て言うんだ」
「お前が考えろ」
何て言うんだ。
END
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