いわゆる、誘導尋問的な。
寝言を言っている人に質問をしたりしてはいけない。
――――――
心の内に秘めている想いがあったのだ。
誰にも言えない、言ってはいけない想いがあったのだ。
「いっちーは、好きな人いないの?」
突然言われて、一護は答えに困った。
小さな子どもは遥かに自分よりこの尸魂界での暮らしは長いのに、その瞳は純粋無垢で。
それだけに、簡易な誤魔化しが通用しないようで、一生懸命に誤魔化す言葉を考えた。
「何それ、弓親にでも吹き込まれた?」
「ううん、そうじゃないけど」
「好きな人なんていっぱいいるよ。ルキアも好きだし、乱菊さんも勇音三席もやちるも」
害のなさそうな名前を挙げてみた。
けど、決して嘘は言っていない。
「そうでもなくて!」
「違うのか」
「違う! 違うよ……そうじゃなくて」
やちるは困ったように下を向いてしまった。
あぁ、困らせてしまった。なんて、思いながら冷静にやちるの桃色の髪を見詰めた。
きっと名前を出したいのだろうに、出して良いのかどうか困っているのだろう。
そうだと分かっているのに、こんなことを聞く自分はなんて性格が悪い。と、心はいつまでも冷静だった。
「そう……例えば?」
「え?」
「例えば、どんな人がやちるの言う『好きな人』?」
「例えば……」
一護は十一番隊の縁側で眠っていた。
やちるに呼ばれて、二人でお茶を飲んで暫くお喋りをしていた。
そのままゴロンと横になって、気付けば一護だけ眠ってしまった。
夢の中で考えていた。
やちるに意地悪なことを聞いてしまったと。こんな想いを秘めていつまでも前に進もうとしない自分が全て悪いのに。
この夢から覚めたら、やちるに謝ろう。
意地悪な質問をし返した時のやちるの顔を思い出すと、胸は痛むばかりだ。
『例えば……剣、』
そこまで言って、「やっぱりいい」とやちるは言葉を止めてしまった。
そこまで言えば、言わなくたって分かっているのに「そうか?」と言って、一護は分からないフリをした。何て可哀想なことをしてしまったのだろう。あんな小さな身体で勇気を振り絞っていたと言うのに。
「ごめん、やちる」
夢から覚めないまま、抑え切れずに呟いた。
すると頭の上の方で声がした。
どうかしたのか。
聞き慣れた声だ。斬月のようだけれど、違う。
ふわふわとした感覚の中、一護は言葉をゆっくりと続けた。
「やちるに、意地悪を言った」
そうか。
「本当の心があったのに、嘘を言った」
そうか。
「例えばなんて言わなくたって、最初から全部心にあった。隠してた」
そうか。
「俺は」
ああ。
「剣八が、ずっと好きなんだよ」
返って来ていた言葉が途絶えて、一護はゆっくりと眼を開けた。
床で寝ていたから身体は痛いけど、どこかすっと楽になった気がする。
上半身を起き上がらせて空を見上げれば太陽の位置が眠る前より随分傾いていた。長い時間眠ってしまっていたらしい。
ふと、背後に人の気配を感じて一護は静かに振り向いた。
「……っけ、剣八」
剣八は座ったまま壁に寄り掛かって一護を見ていた。
一体いつからいたんだ。と言うか、あんな夢を見ていただけにこのタイミングで顔を合わせるなんて恥ずかし過ぎる。
「よ、よう」
「ああ」
ああ。夢で聞いた声だった。
「何でこんなとこ、」
「一護」
「ちょ!?」
頭を思い切り引き寄せられて、気付けば頬に当たる厚い胸板。
一気に赤くなる顔のが分かり余計に感じる恥ずかしさと焦りに、一護は何度も胸を押したが全くビクともしなかった。
「な、何だよ! コラ放せ!!」
「一護」
剣八が喋るたびに震動が頬から伝わって、恥ずかしさで死んでしまえそうだ。
一護は諦めたように抵抗をやめ、何か言いたそうにする剣八の言葉をジッと待った。
「俺もだ」
「……え、」
「俺も、ずっと好きだ」
喉から零れるのは愛の言葉でもなく、ましてや罵声でもなく。
「剣……ぅっ、ふっ」
呼び切れない名前と、涙を溢させる嗚咽ばかりだった。
END
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