恋一。過去の再アップ。
私にしては珍しくくっ付いている恋一で、掘り起こした時ビックリした。←
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「黒崎隊員っ!!」
書類を各隊に配り終えて、一護は十三番隊へ戻るべく瀞霊廷を歩いていた。
空は青くて風は爽やか。
こんな天候の日には、授業なんてサボって統学院の屋根で昼寝をするに限る。なんて、少し昔のことを思い出していた最中、突然背後から誰かに呼ばれた。振り返ると、一人の死神が一護へと駆け寄って来る。
死神は一護の前で立ち止まると、少し切れた息を整えた。
「なにか」
「あ、あの」
一護と同じぐらいの歳だろうか、青年の死神だ。しかし、この尸魂界にいる者は極端な外見の変化がないから、実際は分からない。物凄く年上かもしれないし、後輩かもしれない。
顔をほんのり赤く染め、言葉の続かない死神に、一護はもう一度問うた。
「何か、御用でしょうか」
「す、すいません。その……」
死神はオズオズと後ろに隠し持っていた物をそっと前に出した。差し出された物を観て、益々分からないと、一護は首を傾げた。
「これをっ、」
「……何のつもりですか?」
「いえ、特別意味は、ないんです……その、是非あなたにと思って」
「これを、私が頂いても?」
「はい!」
死神が持っていたのは、白く小さな花束。崩れてしまいそうな、ささやかで繊細なそれを、一護はそっと受け取った。
爽やかな風に乗って舞う、爽やかな香。
死神は一護の手に花束が渡ると、嬉しそうに笑みを零して、来た道を駆けて行ってしまった。
「あ、ちょっと!」
一護の呼び止める声も聞かず、大人しめな外見よりも意外と早い足で、忽ち姿は消えてしまった。
手に残された小さな花束。どうすることもできず、一護は花が落ちぬよう、大事に花を支えながら隊舎へ戻ることにした。
執務室の扉を開けると、ルキアがいた。同じ隊の隊員なのだから、いても可笑しくはないのだが、彼女は恋次と饅頭を頬張っていた。恋次はルキアの隣にある一護の席に座って、モグモグと口を動かしていた。
「帰ってきたのか。一護も一緒に饅頭を食べないか」
ルキアが扉の前に立つ一護を手招きした。そして、「一護が座れぬではないか」と、一護の席に座ったままの恋次を椅子から張り倒した。その衝撃で、飲みかけた饅頭が喉に詰ったのか、恋次は首を押さえて涙目で床を転がった。
慌てて机の上のお茶を飲み干すが、相当慌てたのか、息が荒かった。
「何すんだテメェ!!」
「煩い、一護が帰って来たのに退かないからだ。空気の読めん奴め」
「んだとぉ!?」
一護は二人の会話を耳に入れながら、棚の戸を開けて、小さめの花瓶を取り出した。
その様子に、ルキアが逸早く気付いた。
「何をしているのだ?」
「ん? ああ、ちょっと花がな……」
中途半端に言葉を切って、花瓶に水を入れる。水の入ったそれに花を生けて、自席の机に置いた。ルキアと恋次は、一護の持って帰って来たそれをジッと見下ろした。
「お前が花なんて、珍しいじゃねーかよ」
「どうしたのだ? 摘んだのか?」
「貰った」
「「貰ったぁ?」」
思いも寄らない返答に、ルキアと恋次は声をダブらせて驚いた。一護がいったい誰に、こんな花束を貰うというのだろうか。花を贈り物にする一護の知り合いなんて、非常に限られている。
第一に思い付くのは京楽だ。しかし、彼はこんな簡素な花束なんて贈らないだろう。彼が女性に送る花束は、もっと派手で、豪華で、そして大きい。これは京楽の趣味ではない。
第二に思い付くのは浦原。だが彼も、こんな繊細な趣味は持ち合わせていないだろう。花をプレゼントしようものなら、「アタシの新作です」と、自前というより自作の花に違いない。ヌルヌルしてそうで、ウゴウゴしてそうで、そしてありえないマーブル模様をしていそう。
そして第三に思い付くのはギンだが、一護が逃げてきた様子もなく帰って来た時点でないだろう。
やちるや雛森辺りなら納得だが、一護の知り合いでまともにこんな花束を贈る男を、ルキアも恋次も知らない。
「誰に貰ったのだ?」
「えーっと………お?」
ルキアの問いに、一護は首を傾げた。こうして貰ってきてしまったが、一護はあの死神の名前を知らなかった。名前どころか、所属部隊も知らない。完璧初対面の相手に貰ってきてしまった花束を、一護は「えーとー」と頬を掻きながら見詰めた。
そんなに見詰めたところで、最初から知らない相手の名前が出て来るわけではない。そんな一護の様子に、ルキアは溜め息を吐いた。
「見ず知らずの男に貰ってきたというのか?」
「う、うん……」
「お前という奴は……」
「お、俺だって呼び止めようとしたんたぜ? だけど、すぐ走ってっちゃって……」
ルキアは花瓶に生けられた花を見る。小さな白い花を付けたそれは、鈴蘭だった。「趣味の良い男だ」とルキアは思う。昔、何かの本で読んだことがある。その花の花言葉。
チラリと隣の男を見て、ルキアはもう一度溜め息を吐いた。
「まぁ花に罪はないからな、枯れるまで大切にしてやれ」
「うん」
夕方。一護はこの日、執務室の当番だった。
他の隊員たちが帰った後、軽く後片付けをして鍵を閉める。机に置かれた書類をまとめて仕舞うと、執務室の戸が開いた。誰かが忘れ物でも取りに来たのだろうかと顔を上げると、そこにいたのは恋次だった。
「あれ、恋次じゃん」
「ああ」
短い返事を不思議に思ったが、一護は気にせずに手を動かした。一通り片付くと、一護は花瓶を手に取った。水を取り替えると、再び机の上に置いた。
「その花」
「え?」
「その花、ずっと置いとくのか?」
背後から掛かる恋次の声に、一護は振り返った。立ったままで俯く恋次の様子がおかしいことに首を傾げる。
一護は恋次の傍に歩み寄り、見上げた。
「恋次?」
「俺が捨てろって言っても、捨てないだろ」
思いがけない言葉に、何と返して良いか分からず言葉が出ない。一護が困ってしまっているのに気付くと、恋次は一護を抱き締めた。
突然の行為に驚くが、振り払わずに一護も恋次の死覇装の袖を握った。
「お前は、俺のだろ」
その言葉にカァッと顔が熱くなる。恋次と一護はつい最近、やっと結ばれたばかりだ。そのことが嬉しくないはずないのに、つい憎まれ口を叩いてしまう。一護は恋次と目を合わせずに言った。
「お前のなんかじゃない」
「俺の女だろーがよ」
ゴチッと頭を殴られて、痛くもない頭を抑える。「俺の女」なんて、恥ずかし過ぎる。
「お前は、俺の女だ」
「う、」
「分かってんのかよ、お前」
「わっ分かって……る、よ……」
段々語尾が弱くなっていくのに、本当に分かってるんだろうかと少なからず不安になる。
「分かってんなら、他の男に花なんか貰うな」
「だっだから! あれは突然渡されて」
「それでも貰うな! お前は隙が多いんだよ、気合入れろ気合!!」
抱き締め合っているはずなのに、なんて色気のない会話。だいたい、自分の女を殴るとは何事だと一護は思った。それでも憎めないのは、自分が惚れ込んでしまっているから。
「……妬いた?」
「ぁあ?」
「妬いたのかよ」
妬いてくれたら、嬉しいのに。
「……バーカ、誰が」
憎まれ口はお互い様で、目を合わせないその言葉は嘘だったすぐ分かるから。
今日のことを思い出す。恋次が六番隊に帰ってから、ルキアにそっと耳打ちされた。
「一護、鈴蘭の花言葉を知っているか?」
「花言葉? いや、知らねーけど……」
「鈴蘭の花言葉は、清らかな愛、純愛、だそうだ」
「……別に、さっきの死神が俺にどうとか、」
「あるから、面識もないのにできたのだろう」
「……」
「恋次の奴が拗ねていた、フォローしてやれ」
恋次が拗ねるなんて、想像もできなかったけど、それが本当なら嬉しくて堪らない。
今更、誰かに愛されてる証拠が欲しいなんて思わないけど、それでも嬉しさは隠せなかった。優しく頭を撫でられて、抱き締められて、嬉しいと思えるのは目の前のコイツだけ。
「恋次」
「あ?」
「……ゴメンな」
「……ああ」
すると、恋次が身を屈めて、一護の頬を撫でた。
何だろう、と分からずに自由にさせてやると、恋次の顔が急に近くなって、一護は慌てて恋次の顔を押さえた。
「何すんだよ」
「なっ! こ、こっちの台詞だ!! 急に何だよ」
「決まってんだろ、キスだキス。つか手退けろ」
ケロッと恋次が言った単語に、一護の顔をみるみる赤くなっていった。結ばれたばかりの二人は未だキスの一つもできていないでいた。と、言うのも、一護がそういうことにてんで無頓着で恥ずかしがり屋なために、したくてもできないでいた。
「バカ、こういうのは雰囲気だ雰囲気。緊張すんな」
「雰囲気ったて……でも、」
「見せ付けたれ」
「んっ、」
誰もいない執務室。外はすっかり太陽が落ちていて、辺りは暗くなっていた。
白い月が地を照らして、白い鈴蘭を青白く光らせる。
「…一護、もっかい」
「……んぁっ」
小さな花と見知らぬ男に見せ付けてやったのは、デッカイ嫉妬心。
END
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